オレ史(元ネタ=ユースケ・サンタマリア)完全版

オレ画「ブルーマウンテン」
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19XX年 福岡県福岡市博多区呉服町合屋産婦人科(現在は前原市に移転)にて3700gの元気なチンチン児生誕。未年、牡羊座、動物占いも羊、という事で名前をつけられてしまう。ちなみに候補に挙がっていたのは「翔太」とかだった模様。実現していればかなり流行の先端を行ってたのに。でも「翔太」だったら全然似合ってないよねぇ。と言う訳で、自称福岡出身。あくまでも自称。本当は隣の県。でも実家から県境までは10kmもないし、友人も福岡人ばかりだし、いいでしょう。文句あります? いや決して、大分にコンプレックス感じてるわけじゃないから。少なくとも佐賀には負けない自信あり。あんなもん福岡の植民地やん。おっと言い過ぎた。佐賀人ゴメン。
19XX年+1年 餅を背負わされて、将来の進路を選択する三者面談。親父が用意したのは聴診器とラグビーボール。聴診器を選んで進路決定。餅ではなく、医学をしょって立つ事に。
19XX+3年 幼稚園に入り、自分が天才であることに気づくも人には言わない。どう言う行動をとれば大人が喜ぶかを大体判ってしまってたので、それに沿いつつ、陰では自分の好き勝手な事ばっかりやってるクソガキに。両親は「手のかからない子だ」と賞賛。ある意味放置プレイに合う。
19XX+5年 右腕骨折。生涯唯一のまともな骨折。痛かったらしい。親父の知り合いの整骨院にかかっていたが、一回だけお袋に連れられて整形外科にかかった。しかもお袋には「病院に行った事は整骨院の人に言っちゃダメよ」と。東洋医学との決別。結局は西洋医学だと言う事を思い知らされる。
19XX+6年 就学時前検診で近所の小児科医が聴診して曰く「心臓に雑音が聞こえるって言われたことありません?」 お袋マジビビり。その後、親戚の医院でまた聴診してもらって、街で一番大きい病院で心電図とってもらって、メデタク九大病院に担ぎ込まれる。今考えるとステキな一次〜三次医療。県境越えて九大に入れられた理由は…そう関連病院だったから。医局制度万歳! 動脈管開存症。そう、カワヅは先天的に異常のある人間なのだ。道理で得体の知れない奴だと思っていたんだ。一日だけICU体験。中にTVがあって、それがよく見えなくて悔しい思いをしたのは覚えているが。あと、この時期朧気に覚えてるのは、何故か方位磁針が欲しくて、「磁石が欲しい」って親に頼んだら、当たり前のようにU字磁石買って来やがった事。小学校に入り、自分が天才ではなくバカであることに気づき、バカな振るまいを以後12年に渡り続けることになる。この頃、親父に洗脳され、巨人ファンになった模様。絵日記に原のホームランが出てくる巨狂なガキ。あ〜いやいや。最悪やん。
19XX+10年 親に騙されて(騙されてってのはウソだな。気がついたら通ってた)中学受験の進学塾にぶち込まれる。これ以降3年、私に日曜日は存在しない。根っからの勉強嫌い故、予習は行きの車の中で→車酔い。この繰り返し。今でもあんまり車には強くない。しかし、この時から続いてる友人がいるってのは、オイラにとっては奇跡に近い。従姉妹からTMの存在を教えられる。というわけで、最初に買ったアルバムはTMN「CAROL」。シングルはTHE BLUE HEARTS「TRAIN-TRAIN」ありがちなガキでしかない。
19XX+11年 初めて行った新日本プロレスの興行で、負けた長州に触ろうとして怒鳴られる。以後長州は天敵。ベイダーを見る。この頃のベイダーはまだあのごっついカブリモノをして登場していた。ガキンチョオイラは胸躍らせるも、試合の時は外すことに不満たらたら。だって、中身はタダのデブなんだもん。その時撮った写真を見ると、誰が誰だか判らないが唯一、ケロ(リングアナ)の姿だけは確認できる。そうそう、猪木が来るって言うから楽しみにしてたのに、結局来ず。闘魂伝授失敗。出来てたらプロレスラーになってたかも。
19XX+12年 まぐれで某私立中に合格。嘘です。実力の賜物です。今更引き返す訳にも行かず、とりあえず入学する。以後6年間、非常に男臭い生活を送る。今もだけど。
19XX+15年 中学卒業。卒業論文は小説の要約。しかし、元ネタがマイナーなためばれず。そのままエスカレーター式に某私立高校へ。前田日明に出会い、格闘技に目覚める。ちなみに得意技はヒールホールド。早速その年のリングス福岡大会を見に行き、前田(欠場してゲスト解説中)の右肩に触れる。闘魂伝授。
19XX+16年 スカパラにはまる。これ以後オイラの音楽嗜好はドンドン世間ずれしていく。たまたま見たNHK「ソリトンSIDE-B」で高野寛の隣で黙って高野とゲストの話を聞いている女性を眺めるうちハマる・・・以後緒川たまき狂。リングス福岡大会を見に行き、その帰り地獄の夜間行軍を決行。福岡から久留米まで大体40キロぐらいしかないのに10時間かけて完歩。何故か深夜の3号線で迷子になる。この年、FAで広沢、川口というオヤジを獲得した事に憤慨し、巨人ファンを辞める。しかし、当時好きだった巨人の選手は屋鋪と岸川(どっちも外様やん)と言う地味シブぶり。巨人と対極にあるチームとして白羽の矢が立ったのが、当時12球団髄一の弱小、ユニフォームカッコ悪い、マイナーなチームだったマリーンズ。このダメダメ集団の優勝に一生を捧げることを決意。その甲斐あってかこの年のマリーンズは2位。しかし、翌年からは… マリーンズファンになり、マイノリティに属する事の楽しさに気付く。よって左傾化。
19XX+17年 スカパラ経由でケンイシイ、ケンイシイ経由でテクノにはまる(正確には憧れる)。最悪。RAINBOW2000(だったような、他のイベントやったかな…)の映像を見て、卓球のカッコ良さに涙する。リングス附設を無断で旗揚げ。興業は10回程行われたが、「うるさい」と苦情が相次ぎ、あえなく崩壊。戦績・・・忘れた。2、3回しか負けてない。WOWOWでシティボーイズを観て感動。斉木しげるが目標になる。その頃、テレ東で「知ってどーすんの」という、関根勤、久保恵子、シティボーイズが出ている超豪華な番組にはまる。しかし、打ち切り。一応受験生。実はマスコミの勉強をしたかったりするが、理系になっていた。なんで? 「なんで?」の答えとなるであろう名言「きちがいはきちがいにしかわからん、だから俺は精神科医になる」を生む。ちなみに将来は香山リカ的なスタンスで芸名は「香山ピエール」となる予定。更にスポーツ医学の権威「大ジョーブ博士」を襲名すると言う野望もあり。
19XX+18年 受験。某大学を受けるが(ここらへんの経緯は今年の私の高校の「合格体験記」参照のこと)、見事に轟沈。うちの学校の連中はYゼミはタダになるはずだったが、私にはタダ券が送られてこない。頭にきてK合塾に申し込み。ここで敢えて友人達のいるクラスを避ける。孤独の快感に目覚める。フクオカンカレッジチャートにはまる。おかげで朝本浩文に出会う。空前絶後のドラムンベースブーム。その他このチャートのお陰で出会った連中は・・・マジで数えきれん。いずれもヘタレな連中だが。更に九州一ヤクザなFM局「天神FM(FREEWAVE)」にはまる。これは相当キテます。福岡にお立ち寄りの際は77.7MHzにチューニングすべし。これらが無かったら、もっとまともな音楽聴いていたかと思うと悔やまれる。名言「新しい友人よりも、古い音楽」を生む。親に入学祝い金を前借りして(無茶苦茶)、リングス福岡大会に行き、見事に田村潔司が前田を破った後に投げたリストバンドをGET(1/5000の確率)。ちなみにこのリストバンドはセンター試験で神憑り的な閃きを導いた。タムタムすげえ。で、この年を最後にバカな振るまいはおしまい。無口なオトコを目指す。但し目指すだけ。今も酒を飲むと昔の癖がでるらしい。
19XX+19年 2度目の大学受験。某地方大を受け、ヨユーの合格(嘘です。ここ以外は全部落ちました)。東京聖地巡礼の旅にでる。タワレコ渋谷店で感激。後楽園ホールでダァー。千葉マリンスタジアムの雰囲気に愕然。周りに何もないんだもん。これじゃ客来ないって。当然大学でも孤独を愛する。名言「オレを理解できるような奴とは怖くて付き合いたくない。理解できないような奴とは付き合っても無駄。」を生む。何言ってんだか・・・ 止めときゃいいのにインターネットの世界に殴りこみ。HPを開設。
19XX+20年 教養課程で遊びまくった挙句に、専門課程に突入。当たり前のように勉強せず。ケイゾクに始まり、ケイゾクに終わってしまった一年。
19XX+21年 前年のサボリのツケが回ってきて、単位を一つ取り損ねる。この年のカワヅさんの流行語は以下の通り。これだけでどんな生活してたか想像して下さい、ハイ。トリック 生瀬勝久 エッジ&feelエッジ おじゃる丸 三宅・生瀬のワークパラダイス 田村潔司VSヘンゾ=グレイシー戦 早大門&早大門U それでも千葉ロッテマリーンズ ケイゾク/映画 緒川たまき
以降はまあ、日記読んで下さい。 ヘッドキャップはmitre、ショルダーパッドはcanterbury、スパイクはlotto、自分で勝手に作ったファーストジャージはMIZUNO。マウスピースはウチの親父のお手製。バラバラ。 |
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