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2002年12月20日(金) 産科婦人科十日目 ■ドーチ助教授を囲んで、症例のプレゼン。「君はポイントを掴んで話すのが上手いねえ」って褒められましたが…いや、話すの苦手だから、ポイントしか言わないだけで…特に問題も無くまったりと終了。 ■レジュメを読むだけのプレゼンは聞いてても激しく退屈なので、多少違う事を言う様にしております。エンターテイナー。 |
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2002年12月19日(木) 産科婦人科九日目 ■術前術後カンファ。衝撃の事実。今朝、経腟分娩があった模様…何故呼んでくれない…いつものようにドーチ助教授&フジノ保健学科教授回診。終わって、ナースステーションでカルテ見てると。おおぅ、あそこに居るのは今朝産まれた双子さんではございませんか。チクショウ可愛いぜ。と、父親と兄&ジジババが面会に。兄と言っても5歳ぐらいなんだけど。泣けるなぁ。すっかり子供が欲しくなる23歳独身。独りじゃ作れません(笑)。レポートを仕上げて、昼には提出。撤収。 |
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2002年12月18日(水) 産科婦人科八日目 ■まったり手術見学。患者の輸血拒否により、ヨシナガ助教授が「医師生命を賭けて手術する!」とか張りきってた子宮筋腫の手術。2.7kgありました。もう、新生児とかと変わらないぐらいデカイ腫瘍。デカイだけで、悪性ではないので。それにしても凄かったです。ちょっと触らせてもらいましたが、何とも表現し難い感触…午後はNICU(新生児集中治療室)見学。三つ子が並んで寝てたのが可愛かった…ウチの大学のはそんなに大きくなくて、市立病院のNICUはかなり有名なんですが。 |
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2002年12月17日(火) 産科婦人科七日目 ■術前術後カンファ。教授の昔話を聞く。次期学長のナガタ教授も最後の回診と言う事で、レジデントがカメラでバチバチ。学長になるってどう言う事なんでしょうね? 少なくとも三年間は医者を辞めるって事ですかね。政治家ですな。そんな事を思いつつも、回診も終わり、最後に教授と囲んで助教授や婦長、レジデント、学生で記念写真。パチリ。取り敢えず、する事も無いので、カルテから昨日のオペレコ写して、レポート打ち。お昼は製薬会社からの鰻を貪り食う。夕方から、妊婦体験。よく見かける妊婦体験の重りをつけて立ち上がったり寝転んだり。これが一日中続くかと思うと大変ですな。いや、カワヅさんはそんなにシンドイとは思わんかったけど、女性には間違い無くツライ。抄読会。 |
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2002年12月16日(月) 産科婦人科六日目 ■朝は周産期カンファから。産科も色んな患者さんが居るものですが。で、オペ。手洗いでした。単純子宮全摘&両側卵巣摘出&骨盤内リンパ節郭清&傍大動脈リンパ節生検でざっと3時間ぐらいの予定でしたが…オペ開始。体格のイイ患者さんで、術野が深い。厚い脂肪の層のさらに奥に臓器があるので、どうしても術野は狭くなってしまいます。でもってDMも合併してるもんだから、出る出る血が。電メスが子宮静脈に触れちゃって、漫画の様にピューっと噴出す血。それでもヨシミツ先生が何とか止血してオペ続行。と、取り敢えず子宮の血管は処理したものの、傍閉鎖動脈リンパ節廓清中に今度は閉鎖静脈を破っちゃって、わんさか溢れだす血。先生も必死になって圧迫止血。「僕じゃ手に負えないよ〜ヨシナガ先生呼んできて〜」って助教授召喚してオペ続き。流石の助教授も閉口する有様。閉鎖静脈を圧迫してひたすら待つ。15分ぐらい待って、恐る恐るオペ再開。内腸骨動脈を結紮すると言う荒業止血(コシャ先生曰く「僕は20年医者やってるけど見た事無い」)まで飛び出して。それでも出血がアチコチで起きて、それを処理しようと結紮するとその結んだ力で血管が破れてまた出血、の繰り返し。脂肪だらけで尿管の位置も同定できなくなって、ウロのドクター呼んで尿管にステントを入れてもらう。もうてんやわんや。リンパ節廓清と子宮摘出も何とか終了し、最後はタココンブで止血しながら助教授は「カワヅ君、これで最後だ。止まるように祈ろう」とか言い出すし。で、めでたく止まったのはいいんだけど、ガーゼが一枚無い。取り敢えず腹単を撮る事に。「僕らはもうイイけど、君らは出てなさい」と助教授。ネーベンの先生と二人ガウン姿で一旦退室。若い人間は被曝してはいけません。つーか、若くなくても被曝しちゃいかんだろ。その後もゴソゴソとガーゼを探すも見つからず。腹単速報。外回りナースが「先生、ここですここ!」と自分の右鼠径部を指差しながら乱入。と言うわけで無事に見つかりました。(後で写真見せてもらいましたが、綺麗に写ってました。ガーゼに金属繊維縫いこませてる理由が初めて判りました) と言うわけで、6時間かかりました。かな〜り腰が痛いです。そのまま、図書館で亜光速でレポート仕上げて、ダッシュで昼飯押しこんで、医局へ。一応、不妊のレポートをプレゼンしないといかんので。後はレクチャー。眠〜い。 |
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2002年12月13日(金) 産科婦人科五日目 ■病棟に行って、カルテ読んでました。夕方から術前術後カンファ。 |
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2002年12月12日(木) 産科婦人科四日目 ■術前術後カンファ。ヨシナガ助教授について産科回診。質問にも全然答えられず。産科の知識なんて全く無いよ…外来にて患者さんについてアナムネ取り&検査見学。前述通り婦人科のアナムネなんて女性が取った方がイイに決まってるので、ルシコに任せる。考えるのはカワヅさん。午後は担当の患者さんに会いに行ってアナムネ取る。人一倍プライバシーに気を遣わないといけないので、採血室占拠してこっそりやりました。ナースステーションでせっせとカルテ&画像読み。レクチャー。眠い。つーか、寝てた。 |
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2002年12月11日(水) 産科婦人科三日目 ■手術見学。子宮全摘を見てたんですけど、途中で帝王切開が入ったのでそっちを見に行く。初めてヒトからヒトが出て来る所を見ました。でも感動する余裕も無いと言うか。babyが泣かなかったからかもしれないけど。あ〜出てきた〜。あ〜胎盤ってデカイな〜。とか、そんな感じ。これが自分の子供とかだったら余裕で号泣しそうだけど。一緒に見学してた看護学生がぶっ倒れてました。普通のヒトの反応ってそう言うもんなんでしょうね。この世界に浸り過ぎると、感覚が麻痺しそうで怖いです。仕事に殉じる覚悟は出来てるけど、そこは讓りたくないですな。で、午後は子宮鏡下子宮筋腫切除術。手洗いで入りましたが、内視鏡のオペに手洗いで入ってもしょうがない。術場出て医局までダッシュ! レクチャーの筈なんだけど、先生が「何か面白い話無い?」とか言われるので、仕方なく「サンタクロースっていつまで信じてました?」とか謎のネタ振りをしてみる。そこは産婦人科なので最後には「子供を作り方を知ったのはいつか?」とか話に展開してて、大バカ話大会。 |
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2002年12月10日(火) 産科婦人科二日目 ■術前術後カンファ。その後ドーチ助教授について婦人科回診。症例について丁寧に説明して下さるのは有り難いんですけど、声がデカイっすよ、助教授。その内、質問もクイズ型式になって。「23歳ぐらいの女性の子宮癌があったとする。治療は? 1・子宮全摘 2・放射線 3・漢方(!?)」とか言い出すし。謎だ。それからは病棟実習、らしいですけど、特にすることもないのでレポート書き。夕方から抄読会。 |
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2002年12月09日(月) 産科婦人科一日目 ■産婦人科です。カワヅさんは産婦人科だけは絶対に女医だけにすべき、とか思ってますので。理由は簡単。患者みんな女性だし。そんな事はどーでもよくて、朝は術前術後カンファから。担当の患者さんを決めてもらって、すぐに手術見学。ドーチ助教授の執刀ですが…早い早い。裏ゴッドハンドって勢いでオペ終了。途中癒着が強くて一外科のDr.に入ってもらったりしながらも、卵巣摘出が一時間半で終了。午後はオリエンテーションみたいなの。ツジ先生の眼鏡が気になります。そのままドーチ助教授の不妊レクチャー(?) 課題を与えられて、「来週までにまとめて来て」だって。最後は卵巣腫瘍のレクチャー。 |